創業者(現・顧問) 末吉正治へ聞きました!

●得意な事・分野(仕事)

体の不自由な方々のコミュニケーションツールに関する知識

●好きな事

対象者の方と生活が文化的に豊かになる事を話している時(対象者とお会いしている時)

●HPを見て下さっている方へひとこと

体が不自由になっても自分の生活にあきらめないで希望を持って暮していけるよう福祉用具を通してサポートしていきたいと思っています

 

Q:吉徳を立ち上げたきっかけはなんですか?

A:創業は1985年なので、今から約26年前になります。当時私は鹿児島市社会福祉協議会に勤めていました。行政の立場から市民と障害者がボランティアという枠組みで支えあえるような、橋渡しをする業務に携わっていました。ボランティアの方達の参加によって障害者の方が救われているという事で大変有意義なお手伝いが出来ていたと思っています。その当時の時代背景は国際障害者年を契機に、障害者の方の自立意識が高まり、社会参加がさらに加速している、そんな時代でした。嬉しい事ではありましたが、それと同時に、在宅福祉、施設福祉の質・量の拡大と、障害の多様化、重度化、障害者の高齢化に対応する、将来的な施策の必要性も強く提起される時代でもありました。障害者が自立できる環境を作り上げることが課題とされていましたし、逆に言うと、自立せざるを得ない時代がもう目前に迫っているとも考えられていたのです。そんな厳しい将来模様を案じていると、障害者の方にとって「将来的にどういう福祉が求められるか」「どういう暮らしが尊重されるべきか」を考えるようになりました。それは在宅での福祉という選択でした。地域の中で人が人らしく生きていけるようにサポートする、パートナーの役割がとても大切だと結論づけ立ち上げをするに至りました。

 

Q:始めることへの不安はなかったですか?

A:当時鹿児島では同じような支援を行っているところは2〜3件程度しかありませんでした。いくら理念は高くても介護・福祉用品の提供だけで「本当にやっていけるのか」不安は大きかったですね。ただ障害者の方が今以上の快適な生活を希望されるのであれば、そのお力添えはしたい望みが強くありました。社協という大きな組織の中で続けるのか、それとも将来想定される福祉環境の土台作りを今まさにやるべきか。天秤にかけると後者のほうがはるかに大きくて、それで始める事にしたのです。たくさんの介護者や障害者の方に「徳」が提供できるようにと、私の名前「末吉」とからめて、店名も「吉徳」と名付けました。

 

Q:大変な時ももちろんあったかと思いますが、そんな時でも福祉の仕事をやめなかった理由はなんですか?

A:月並みではありますが「あなたに会えて良かった」と喜んでもらえる所でしょうか。仕事として実感できる一時です。私達のお客様の共通点は「お体の不自由な方」ですが、そういった方々に私達が提供する福祉用具の選定がうまくいって、対象者の生活が楽しくなり、喜んでもらった時は、自分の事・自分の身内のことのように嬉しく思えますね。福祉用具の改良などもやってきました。例えば日常使用する「おはし」なども、ある1人にとってはとても使いやすいように作られている。しかし使う人によっては、長すぎて使いにくいと感じる事もある。そんな時はその人が使いやすいように改良・カスタマイズするわけです。短くしてあげる。こまいかな作業だとは思いますが、それがとっても喜ばれる。今では便利な介護・福祉用具がたくさん販売されているので、このような機会はありませんが、当時はごく一般的なものばかりで万人使用といったところだったんですね。「やれることはやろう」、そういう観点でいたので大変な労力だったのを覚えています。「使えなかったものが使えるようになる。使いやすいようになる」って嬉しい事ですよね。あとは1人1人の在宅の方とのお付き合いなので、辞めることは感情的な部分から簡単ではなかったという理由もあります。体の自由がきかず悔しい思いをされてる方と、一度お付き合いをさせてもらうことで頼って頂けるわけですから、辞めるという選択肢はなかったのかもしれません。家族の一員みたいなものですから。

 

Q:伝えていきたい事はなんですか?

A:「障害者の方には、どんなに体が不自由になっても自分の生活の希望を決して諦めてほしくない」そういう考えが私にはあって、そういったポリシーをもってサポートを続けています。そこは絶対に変わる事のない、変えたくないポリシーで、一緒に働くスタッフにも失ってほしくない共有認識でありたいですね。そのためには普通のことを普通にやってても喜ばれないし、熱意は伝わらない。熱意が伝わらないから身障者の方の「心」が満たされない。プラスアルファの気持で取り組むことが大切だと考えています。もっと深いコミュニケーションで取り組む必要がある事を、常々伝えてきました。社会的な活動として16年程前からALS患者の支援を行ってきました。ALS患者は最重度の障害で頭脳しか自由がきかないため、ほとんどのコミュニケーション手段を断たれてしまっています。そんな中、意思伝達装置「伝の心」(別ページ参照)を使う事で、グンとコミュニケーション力が上がる。生活の一部として取り入れることで、「インターネット、メール等を通じてコミュニケーションが広がり顔の表情が明るくなった」などと家族の方からも喜びの声をたくさん頂いています。「伝の心」のように身障者の方にとってお役に立てる商品はたくさんあります。その役に立つ・便利な商品を伝えていくことと、便利な商品それだけでは満たされないメンタル的な部分をケアしていく事こそが、私達サポーターとしての本来の『志事』だと思っております。「不便」が「便利」と感じでもらえるように、地域の中でその人らしい生き方ができるように小回りのきくサポートをこれからもスタッフにはお願いしたいですね。

 

取材後記

一時間程度の取材の最中、会長あてに電話がかかってきました。立て続けに3件、別々のお客様から携帯へ電話が入ると「取材が止まって迷惑かけるね」と私を慰めてくれる一面も。いまだ現役(64歳)で現場に向かっている会長。取材時のバイタリティ溢れる立ち振る舞いや表情などから、「人」としての器の大きさを感じさせられた、そんな取材後記でした。